つれづれ夜咄(旧韓ドラ・懐かし映画・時々ビョンホン)

韓ドラ・懐かし映画・時々ビョンホンのリニューアルブログです。内容少し変更

イ・ビョンフン、チェ・ワンギュのコンビ『獄中花』(衛星劇場)

身分を隠せ』を見ていて潜入刑事って役者に似てるって思いました。
ヤクザ、娼婦、借金取り立て屋などその状況に応じて人物になり切らないと見破られてしまう。
まあ、ヤクザは日ごろ接している相手なのでお手のものかもしれませんね。「ミイラ取りがミイラになる」のことわざどおり、ヤクザに転身と言うか転落してしまう警察官もいますからね。私は60年代ぐらいに作られた東映のヤクザ映画なんかもケーブルテレビで見ますが、そんな設定結構多い。
初めて韓ドラを見始めた頃から10年以上たって、日本で放映されるドラマもどんどん過激なものが増えているような印象があります。
何しろ韓国は北と敵対関係で向き合っていて、成人男子に「徴兵の義務」がある国ですから、男ならだいたい銃器の扱いを心得ている。刑事だけでなく、犯罪を犯す側もそうなのだから「いつやられるかもしれない」という恐怖感は強いと思います。
アメリカの警察官もそうですね。アメリカには徴兵制ありませんが、「自分の身は自分で守る」という考え方の元、銃を持っている人が多いから警察官が過剰反応するんだと思います。
特殊捜査員が追う犯罪者組織の目的は紙幣のポログラムコードをシステム会社から盗み出して贋金を作ることのようですが・・・。

衛星劇場で『獄中花』放映始まる。
チャングム」、「トンイ」のイ・ビョンフン氏の演出。脚本は「ホジュン」、「商道」で組んだチェ・ワンギュ氏。
女性のサクセスストーリー。
時代は1540年代、中宗の時代、チャングムと同時代ですね。
典獄署という今でいう刑務所で産声をあげ、オクニョ(玉女)と名付けられた少女が刑務所の中の雑役係である茶母(タモ)をしながら成長していくのですが、運勢を見る天才で、監獄ですから刑罰に関する法律にも詳しくなり、のちにその知識で頭角を現していくようです。ただの茶母がそうなっていくにあたっては学問を教えてくれる先生がいるわけで、その先生は犯罪者とされて、獄につながれている人なのです。
イ・ビョンフンさん、いくつぐらいの方かしら。次々に新しいドラマを作り出す才能がまだ枯れていません。

繰り返し描かれる潜入捜査官ストーリー

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『身分を隠せ』(ホームドラマチャンネル)
犯罪組織に潜入してその悪をあばくという展開は香港映画ノアールの名作『インファナルアフェア』に代表されますが、やはり繰り返しドラマ化、映画化されますね。
キム・ボム主演の本作も、恋人を亡くした刑事が秘密捜査官として組織に潜入していくという展開です。主演のボム、以前何かで見た気がするのですが思い出せない。
それよりもその犯罪組織の幹部でチョン先生と呼ばれている人物を演じているのがキム・ミンジュン。はるか昔、『茶母チェオクの剣』で、反乱組織のリーダー、ソンベク役としてさっそうとドラマデビューしたあのキム・ミンジュン。一見、悪役に見えない悪役を演じられる役者に成長しています。1976年生まれですから今年40才か。消えていませんでした。

<弁当やすしについている調味料の袋、開けにくい>。そんな年齢になってきました。以前はお魚型のチューブでふたを開けて必要な分だけ出せばよかったのに。
きっとこれ売る側の都合ですね。このほうがコストがかからないとかなんとか・・・。
外で食べる時困るので、小さなハサミを化粧袋に入れてはいますが。高齢者にやさしい商品を作ってほしいわ。それはきっと傷害のある人にも使いやすいはず。そして子供、すべての人にとっても。

物語を自由に回していく仕掛け、臣籍降下

二宮=源氏の臣籍降下
光る君を溺愛する父帝ですが、その将来については深く思い悩む。
皇子のまま宮廷にとどめておいても後ろ盾のない光る君が天皇になることはできない。それよりも皇籍を離脱させ、臣下として政治に腕をふるわせる方が皇子のためになる。
帝はその頃高麗の使節の中に優れた人相見がいると聞いて光る君をその元に遣わし対面させます。
人相見は「帝王になる相は持っているが、その位に就くと世が乱れるかもしれない。しかしただ臣下として天下の政治を補佐する方かというとそれだけの人でもない」と言うのでした。
帝王でもない臣下でもない運命というのは、後に准太政天皇という位を我が子冷泉帝からたまわることになる将来が暗示されている。
高麗の人相見の言葉に押されて、桐壺帝は光る君に源氏の姓を与え臣下に籍を下ろすことにした。
これによって源氏はミカドの子という高い身分ながら臣下なので、行動がずっと自由になり、あちこちの女性を訪ねてしのんでいくことができる立場になり、物語が面白くまわるようになる。さすがですね、物語作家というものは・・・。
源氏物語』後半の宇治十帖では、匂宮という皇子が源氏を思わせるプレイボーイとして登場しますが、彼は次の皇太子になるかもしれないという立場なので、女性に会いにいくのも大変なエネルギーを使わなければならない設定になっています。
そしてこの二宮の処遇の決定前後に父帝は「亡き更衣にそっくり」と言われる先のミカドの4番目の姫君を妻に迎える。これが藤壺宮。
源氏はまだ宮廷に暮らしていて、父がいつも連れ歩くことに変わりはないので、藤壺の顔も知るのです。
生母の顔もよく覚えていない源氏に取って藤壺は母をみるような、さりとて若いですからお姉さんのような何ともいえない年上の憧れの女性になって、それが遂に・・・という関係に発展していくわけですが。

幼くして母を亡くした人物が多く登場する『源氏物語』

母恋しが女性遍歴の原点
実家へ里帰りして皇子を生んだ桐壺の更衣はその後病いがちとなり、源氏が3歳の時に亡くなってしまいます。
更衣の母は若宮をそのまま実家で育てようとしますが、夫もすでに亡くなっていて、有力な後ろ盾もなくまことに心細い。
遂に桐壺帝の申し出を受け、若宮=源氏を宮中にお返しする。そしてこの祖母も亡くなってしまう。源氏は幼くして父帝だけが頼りの孤独な境遇に置かれてしまうのだ。
平安時代の貴族社会では、生母が亡くなってしまった場合、女の子は父の妻の中で一番身分の高い者に預けられて育つ。というわけで継子いじめ物語がここに成立する。『落窪物語』、『住吉物語』など。
男の子は父親が責任を持って養育する。といっても父はミカドですから直接育てるのは乳人(めのと)と呼ばれる乳母ですね。乳をあげる乳母としつけや教育を担当する乳母と最低4人ぐらいはいたようです。
作者の紫式部自身が幼くして母を亡くしていて、父はその後正式な妻を迎えなかったので、乳人に育てられ、家庭的雰囲気の乏しい寂しい境遇で、その寂しさを紛らわすのが式部にとって学問や物語の世界でした。というわけで『源氏物語』にはこうした親の愛に恵まれなかった人物が源氏の他にも生涯の伴侶となる紫の上、息子夕霧、源氏が最も愛した女性である夕顔の娘玉鬘(たまかずら)などが登場します。また後半の宇治十帖に登場する姫君たちも母を亡くして父に育てられています。
とにかく若君のかわいらしさ、美しさ、賢さは群を抜いていて、どんな不機嫌な者も若君を見たとたん微笑まずにはいられない。
父帝は側室の女性達を訪ねる時も幼い息子を同伴。御簾の中にも入れてやる。
当時身分の高い女性は自分の父親、兄弟、夫、そして子供以外の男性には顔を見せないことになっている。ところが源氏は5、6才の頃から母でもなく姉でもない父の妻たちの顔を直接見て育つ。女好きにもなるし、女性との接し方も覚えるはずです。
そんな中で父帝が妻に迎えた女性が「亡き母更衣にそっくり」と、女房達が噂をする。藤壺宮である。母の顔をよく覚えていない源氏は母とも姉とも何とも言えないかけがえのない存在として藤壺を慕うようになっていくわけです。

 

父・兄・息子の3代の天皇に仕えた源氏

平安時代は「生前退位」が一般的
天皇陛下が「生前退位」のお気持ちを国民に向かってビデオで語りかけられました。
80才を過ぎての連日のような「公務」。このビデオを見て、見なくても殆どの国民は「生前退位」に理解を示したでしょう。
私は「生前退位」までは思い及びませんでしたが、夫妻がテレビ画面に登場するのを見るたびに、「普通の人と違ってこの人たちの場合はきちんとしていなくてはいけないので大変だ」と思っていました。
姿勢も正しく、疲れたような態度は見せない。80才過ぎてこれは大変です。
せめて最後の年月を自由にのんびり過ごしてもらってもいいのではと思います。特別な立場の方々ですが、何といっても人間ですから。
ところで『源氏物語』の背景になっている平安時代は、天皇は急な病いで倒れたりした時は別としてほぼ「生前退位」ですね。しかも年を取ったからというほどの年令でもないのに退位しています。
この時代は政治が天皇を中心に行われていましたから、ちょうど総理大臣が交代するような感覚で、政治的事情で退位したようです。
昔は何といっても短命ですから、ある程度まで天皇の役目を務めると、皇太子への「譲位」を考えたようです。
源氏物語』でも源氏の父桐壺帝は弘徽殿女御(こきでんのにょうご)が生んだ源氏の兄に天皇の座を譲り、桐壺院を名乗ります。
源氏の兄朱雀帝も病気がちということで、年の離れた弟(実は父桐壺帝の妃藤壺と源氏の間にできた不義の子)に地位を譲ります。
こうして源氏は父、兄、息子と3人の天皇に仕える臣下という立場になるのです。
鎌倉時代武家政権になって政治の権力が天皇のいる朝廷から幕府に移ってからは「譲位」って、それほど意味を持たなくなったようで、そうしょっちゅう座を次に譲るということは無くなっていったように思いますが、調べたわけじゃないのでわかりません。

『太陽の末裔』軍のイメージアップのためのドラマ?

『太陽の末裔』完結
特殊任務の軍人は、上司から召集の命令が下ると、デート中だろうが何だろうが、すぐ中断して軍務のために駆けつけなければならない。
医師のモヨンはそんな特殊任務に就くシジンを愛しながらも理解することはできない。どんな任務なのか最も身近な家族にも言うことはできない「秘密だらけのパートナーなんて」・・・。
しかも命の危険と常に隣り合わせ。遂にそんな事態がやって来る。
紛争地で民間人を救出する任務に就いていたシジンとデヨンが爆発に巻き込まれる。二人は死んだ。だが遺体は見つからなかった。
二人の死は訓練中の事故として処理される。
でもドラマですからそれで終わるわけはない。実は二人は爆発の直前に民兵に拉致されたのだった。
これは多分、現実のISとかそうしたテロ組織を想定しているんだと思いますが、二人を救ったのはかつてシジンが助けた北朝鮮の兵士だった。
シジンは国境なき医師団のメンバーとしてアルバニアに赴任したモヨンが、シジンの遭難場所とされる砂漠地帯で、花を供えて悲しんでいるその場に現れ、デヨンの方は再びウルクに派遣されたミョンジュの前に現れる。バルカン半島だとされるウルクに100年に一度というほど珍しく雪が降った日だった。
こんな二人ですが、特殊任務の軍人を辞めるという選択肢はないんですね。ここまで軍人として訓練されてしまうと他の生き方はできない。
韓国には徴兵制があり、韓国の男であれば兵役は避けることのできない義務。
兵役を済ませてこそ一人前という考え方の一方、死ぬほど嫌なのも兵役。
だからこそ切実な思いでこのドラマを見た人が多かったのでしょう。
しかし日本も何だか近頃嫌な雰囲気になってきました。徴兵制はないけど、自衛隊員で犠牲になる人もこれから出てくる可能性があります。
ヒューマンドラマということですが、もしかしたら韓国軍のイメージアップのための作品かもしれない。
主人公のユ・シジンはどんな苦境にも勇敢に立ち向かうけど、ふだんは常にユーモアを忘れない男。それをソン・ジュンギが演じるのですから・・・。

昔も今も宮廷暮らしは辛い

昔も今も
今、日本の天皇・皇后夫妻は共に80才を超えられましたが、美智子皇后がまだ皇太子妃だったころ、「美智子妃いじめ」というのが、よく女性週刊誌の話題になっていました。
源氏物語」の桐壺帝と更衣の状況とよく似た状態でした。「いじめ」をした側はお姑さんの当時の皇后と、宮家の妃たちでした。それらに仕える女官たちも「源氏物語」の女房たちと同じでご主人の意向に沿って、「女の意地悪」に加担していたようです(週刊誌によればの話ですが)。
この場合、夫である当時は皇太子ですが、意地悪した女官を呼びつけて叱ったりするとよけい逆効果なんですよね。今でも学校や職場の「いじめ」ってそうでしょう。先生に言いつけたりすると「倍返し」される。
その時の皇后、昭和天皇の奥さんは美智子さんが「平民の出」というのが気に入らない。でも日本は戦争に負けて、皇室と天皇の兄弟の宮家以外はみんな平民になったんだから仕方ないと思うんですが、旧華族出身だったらよかったんでしょうかね。
でも敗戦後の旧皇族華族は特権を奪われて、財産税をがっぽり取られて邸を手放さなくてはならなくなった人達も大勢いたのですから、昔の身分がよくても何の役にも立たない。
美智子妃の場合は姑の皇后が70才頃から認知症ぎみになってしまい「いじめ」はこれを境に潮が干くように納まります。他の宮妃は立場が美智子さんより下ですから、いじめをするなんてとんでもないことで、心の内はともかく実際にそういうことはなくなった。
でも桐壺の更衣の場合はミカドの側室は大勢いますから、皇后にならない限り身分の上の方たちに一生遠慮して生きていかなくてはならない。気が遠くなります。
美智子さんは困難を乗り越えて今や皇后として天皇を支え、国民の人気も高い。
しかし皇太子妃雅子さんが困難を抱えることになってしまいました。「いじめ」はない代わりに縛られた自由のない宮廷暮らしは想像以上だったようですね。
源氏物語」に登場するお姫様たちはみな年下なのに源氏より先に亡くなっていきます。殆ど動かない、座っているというより横たわっている感じに近い生活だったそうで、とても不健康。高貴な女性はかよわいとうのが、尊ばれた女の魅力でした。庶民の女性はかよわくては生きていけませんが。