つれづれ夜咄(旧韓ドラ・懐かし映画・時々ビョンホン)

韓ドラ・懐かし映画・時々ビョンホンのリニューアルブログです。内容少し変更

長岡市へ研修日帰り旅行に

戊辰戦争の激戦地へ
私は長野市松代で町案内のボランティアガイドをしているので、その研修で新潟県長岡市へ行って来ました。
NHK大河ドラマ西郷どん』を時々見ているので、この間西郷さんの弟がこの長岡の戦いで命を落したことを初めて知りました。
江戸は無血開城しましたが、上野の彰義隊の抵抗がありましたし、北陸や東北も新政府軍に抵抗しました。
その代表が長岡藩で、家老が河合継之助司馬遼太郎の『峠』という小説で全国的に有名になりましたが、長岡の人達は河合に複雑な思いを抱いているとのこと。
河合が新政府軍の代表と会った時に相手の態度が武士の河合にとって「あまりに無礼な」ものだったので、にわかに抵抗を決断したと伝えられているとか・・・。
長岡城下は火の海となり、迷惑をこうむったのは農民や町民。どうせ勝敗はわかっているのに抵抗するという「武士の一分」は庶民には理解されません。
長岡はまた第二次大戦でも空襲を受け、結局2度大火に見舞われました。
真珠湾奇襲攻撃の司令官山本五十六の故郷でもあり、真珠湾の意趣返しを受けたようでもあり、偉人として押し出していいものかこちらも迷うところですね。
それよりも昭和の庶民宰相田中角栄の地元と言う方が市民としては誇りかも。
新潟の内陸部は豪雪地帯ですが、みな大きな家に住んでいます。一階は雪に埋まってしまうので3階建て。雪下ろし用のはしごもついています。信号は雪対策で横並びではなく縦方向についています。
花火と錦鯉も有名ですね。かつて東京目白の田中御殿には錦鯉の泳ぐ池があって、角栄氏がえさをやっている光景がよくテレビに登場しましたけど・・・。

アメリカは日本の友好国じゃない

アメリ中間選挙
ワイドショーも追っています。ミニトランプ化している共和党の候補者は私の感覚からすると「完全にイカレテル」。
何しろトップリーダーが憎悪をあおっているのですからそれにくっついている候補者達も他人に対する寛容さを失っている。
私は韓流ファンで沢山ドラマを見てきましたが、ファンが多い反面韓国や中国に反感を持つ人も大勢いる。
だけど不思議なことにアメリカを悪く言う人はテレビには出てこない。だからみんなアメリカをお友達のように思っているけど、トランプ大統領はそうは思っていませんね。
日本人も少し距離を置いた方がいいですね。
召使よろしく言うことを聞いていると増々相手はエスカレートしていきますから。いじめと一緒。

都会でハクビシンが増えている。
我が家も一時住みつかれました。古い家なので屋根裏に入れるすき間があったんですね。最初猫かと思ったんだけど猫より獰猛です。ネズミの天敵です。穴をふさいでもらって屋根裏には入らなくなりましたけど。果物が好物で周囲がリンゴ畑なので食べるものはいくらでもあります。
外来動物だそうです。ハクビシン聞いただけでぞっとします。




 

 

スターはつらい

沢田研二のドタキャン
先週テレビを占領した話題がコレ。何でこんなことになるような企画したのでしょうかね。
私はイ・ビョンホンのファンを10年以上やっていますが、最初は東京ドーム、それから代々木体育館、埼玉や横浜のアリーナ、東京フォーラムというのもありました。ここ数年は中野サンプラザです。
ビョンホンもファンも楽しそうですよ。歌手と俳優のファンイベントは同列にはできませんが、不可解です。沢田さんの歌のタイトルどおり「勝手にしやがれ」ですね。
ところで私沢田研二さんと同年で同じ6月生まれ。知らなかった。なぜか特別にファンじゃなかったんですね。
タイガース結成の頃は事務所に一番従順だったのがジュリーこと沢田研二だったんだそうですけどね。
瞳みのるとか加橋かつみジージョとかくせがあって、従順じゃなかったみたい。
結局一人でやれる沢田研二が歌手として生き残ったわけだけど。
ザピーナッツの片割れとの間にできた息子さんはミュージシャンだそうですが。ザピーナッツとジュリーの間の子供はDNAとしてミュージシャン以外ありえない。


インスタントラーメンにはほんとお世話になりました

まんぷく』モデルの安藤百福氏は台湾出身
太平洋戦争敗北前は朝鮮も台湾も日本の植民地でしたからこういうこともありですね。ドラマはこういう事実はさりげなくスル―しますが・・・。日本に従属する国の出身ですからね差別を受けていたはずですが、ストーリーの本筋は「インスタントラーメン」の発明にいかにたどりついたかというところですからね。福子さんと二人三脚で成功させるという夫婦の物語?
小学校の高学年頃でした。「チキンラーメン」が発売されたのは。正直それほどおいしいとは思いませんでしたが、お湯を入れて待てばそれなりの物ができるなんて画期的。
昼食とか、独り暮らしとか、夜勤や宿直の夜食に重宝したと思いますよ。
私も学生時代インスタントラーメンにはほんとお世話になりました。そのころは小鍋で煮るというのが主流でした。何かトッピングしてね。これはおいしかったです。ただこればっかり食べていると体に悪いということは言われていたし感じてもいました。
貧しき者、あるいは忙しい者の味方の食べ物でした。
なにかもよくできた長女は結核で亡くなってしまった。結核が治る病気になったのはストレプトマイシンという特効薬ができてからですね。敗戦後のことです。結核菌もそこらにうようよいた。若い人でも、いやむしろ若い人がかかる病気でした。いくつもの悲劇を生み才能ある人が20代で亡くなっていきました。荒城の月作曲者の滝廉太郎、「たけくらべ」の作家樋口一葉、短歌の石川啄木などなど。



昭和10年前後、日本の景気は上向いていった

朝ドラ『まんぷく』始まる。
大阪制作作品はドラマの時代設定を少し前にする作品で視聴率がいい。そんなことを言うと大阪人は反発するでしょうが現代の大阪はよろしくないことが多い。独自性を捨てたというか東京の後追いをして失敗という気がするのです。
その点、戦前とかはまさに「大阪らしさ」満載
このドラマも戦前、昭和7,8年ぐらいから始まる。この頃から実は景気が上向いて来る。なぜかというと大陸(中国)に日本が本格的に進出し始めるのですね。進出と言うと聞こえはいいですが、武力を背景に中国に侵略して
工場を建てたり、商売したり、そして満洲国の建国です。敗戦後は満洲引き揚げの悲劇として語られることが多い「満洲国」=日本による傀儡植民地国により景気がよくなり、この頃は欧米も同じ考えですから「そんなよその国に武力で脅して勝手に経済活動するなんてだめだ」と考える人は少数派ですね。
松たか子さんが主演した映画『ちいさいおうち』に描かれた世界も『まんぷく』とよく似ています。
ただこちらはむしろ戦後の敗戦から立ち上がった世界が描かれるのでしょうから毎朝見るにはちょうどいい。
この間亡くなった樹木希林さんも今回のヒロイン安藤サクラさんも特別な美人ではありません。私が子供の頃は主役をやるのは美人女優と決まっていましたから、樹木希林さんなんかヒロインでなくてもブスに見えましたがよくみると「ふつう」です。
美人女優は年取ってからが大変。美しさを保たないといけませんから。その点希林さんは年取ってからのほうが「なんかきれいになったんじゃない」と思われて、世の中結構公平です。あきらめずに生きましょう。

大人げない相撲協会

貴乃花親方相撲協会を去る?
ワイドショーはこの話題ばかり。
私はついこの間大相撲見物を初体験したばかり。若貴ブームの頃はそれほど熱心にみていたわけじゃない。
皆さんが言うには「最も強く美しい横綱」は貴乃花だったという。
お父さんの大関貴ノ花をとにかく尊敬していたらしい。でもお母さんの憲子さんのDNAも大きかったと思いますよ。体格といい体質といい兄の若乃花と共に。
二人が結婚して家庭を持った後は自分のための人生を選んでしまったけど。
相撲部屋のおかみさんはたいへんだったのでしょう。でもこの頃の憲子さんは一番きれいだった。女の人って何かに耐えて我慢しているところがある方がきれいなのね。
一門に必ず所属しなければだめなんて、外の人間から見たら「何それ?」という感じでただのいじめに見えますが。

貴族の没落を予感しながら書き終えた「源氏物語」

  1. 樹木希林さん死去。
  2. 覚悟を決めた最後の在り方がマスコミを通じて賞賛されたが、でも疑問に思う所も少しあります。
  3. DVである夫内田裕也さんと離婚しなかったところ。DVにありがちな「共依存」の関係だったのではと、それを克服して欲しかった。それは裕也さんのためでもあったはずだ。
  4. もうひとつ「網膜剥離」の手術はせず失明を選んだこと。仕事上不便だったろうに。彼女がその時の心境を語っていたけどいまいち納得のいくものではなかった。乳がんの方は右乳房の全摘手術を受けいさぎよかったのに。
  5. マネージャーを付けず、一人で全部やった。これは普通の人なら当たり前のことだけど。希林さんはふつうの感じの女優だったからそれでいいのだと思う。しかしを特別なスターである吉永小百合さんもそうらしい。ボケ防止にはなると思いますよ。小百合さんもスポットライトを浴びていないときは眼鏡をかけて電車に乗っても気が付かれないと言っていたけど・・・。

 

平安貴族の終わりを予感させる源氏物語「宇治十帖」

源氏の正室女三宮は柏木との不義の子薫を出産。

因果応報、藤壺との間に後に冷泉帝となる子を設けた若き日の源氏と同じ。しかし柏木と源氏の違いはその後源氏は紆余曲折を経ながら栄華の道を歩んだのに対し、柏木は源氏にこの大それた行動を知られ、恐怖のあまり病気になってしまい死を迎える。

良かれと思って源氏に嫁がせた三ノ宮の父朱雀上皇もこうなった以上、三宮の出家を見守るしかなかった。

初めからそうした宿命を負った薫の人生があかるくなるはずもない。

式部は藤原氏最後の栄華の時代に次の没落の時代を予感しながら「源氏物語」を書き終えたのでした。