つれづれ夜咄(旧韓ドラ・懐かし映画・時々ビョンホン)

韓ドラ・懐かし映画・時々ビョンホンのリニューアルブログです。内容少し変更

たくさんやってこそ腕は上がる『ブラックアペン』

4月に入り暑かったり寒かったり不順な天候ですが、当地は比較的穏やか。花々も去年より早めですが順調に咲いています。
4月からの注目ドラマは『ブラックアペン』
私は医療ドラマはドラマチックに仕上げるためわざとらしいとして見なかったのですが、昨年思いがけず入院するはめになり、病院とかそこで働く人達のこと興味深く観察するようになり、見ようかなという気になりました。
診断と治療は一体のものでなくてはならないのですが、特に手術に関してはこれを上手にできる医師とそうでない医師とでやはり差があるよう。
手術を上手にできることに生きがいを感じる職人医師と、論文の質と数を誇り、権威を求める医師とやはり両方の流れが現実にもある。
地方は各県に必ず一つは国公立の医学部があって、そこが基幹病院に医師を回す仕組みになっているようです。その地で医師になり、仕事を続ける人ばかりだと問題はないのですが、今は医学部に入るのは難関。必ずしも地元出身者ばかりではなく、むしろ他県の学生の割合が増えていて、これに学部の方は頭を悩まし、一定数は地元出身という方法を取っているようです。いいと思います。偏差値や学業成績順で全ては決まらない。医師もそうですが、最近の官僚の言動を見ていると「学業成績の良い事とまことの知性は違う」ということがよくわかります。
二宮和也竹内涼真。二宮君が天才心臓外科医。涼真君は研修医。あんまり安易に天才とか言ってほしくないですけどね。器用さとかセンスは問われますが、いくつも手術を体験してこそ腕は上がるものですから。
二宮君が涼真君に言うセリフ「邪魔」。確かに涼真君はでかすぎる。野球の大谷君ならともかく。
私の外科医イメージもいつも作業衣の上に白衣をひっかけて、病院内をうろついていて、病院に住み着いているんじゃないかと思うようなもの。
二宮君はまさにその通りですが、彼がやるからむさくるしくは見えない。

牛車の格が騒動のもと源氏葵の巻

源氏の正妻葵上の出産と死
少し先ですが、5月には京都で葵祭が行われます。
平安時代から続くこの神事と行列は「源氏物語」にも重要な物語の転機として登場します。
源氏と正妻葵上の仲はしっくりとまではいかないまでもそれでも少しづつお互い慣れ親しみつつありました。そして懐妊。葵上はつわりに苦しみます。身分の高い女性ほど身体を動かしませんからつわりが重くなりがち。でもそんなこと経験上わかっているはずなのにその対策はしなかったのでしょうかね。
しかし気分転換を兼ねて行列見物にでかける。左大臣家という臣下としては最高の家のこの頃は牛車ですかがすでに待機している他の車を押しのけて前へ出ます。
押しのけられた車が源氏の年上の恋人六条御息所の車でした。目立たない網代車だったために押しのけていいと供の者達は思ったようです。
京樂真帆子という人が『牛車で行こう!』という本で牛車と身分の関係を解説しました。
東宮妃という高い身分でありながら、お忍びのため網代のやや粗末な車をしつらえたため軽く見られたようで、誇り高い六条御息所は深く傷つき、正妻葵上の懐妊、源氏の冷たい態度も相まって懊悩します。その怨念が葵上に取りつき、つわりは重く、その上難産、葵上は何とか出産したものの間もなく亡くなってしまうという設定。
京樂さんは大学の先生だが、学生に現代にたとえるなら唐車はベンツ、網代車はアクアだと説明しているとか。

チェ・ジゥさん、よかった!

チェ・ジゥさん結婚
韓流ブームの火付け役となったドラマの数々でヒロインを務めたチェ・ジゥさんがようやく・・・。
冬のソナタ」、「美しき日々」、「天国の階段」3大韓流ドラマといっていい作品で主役の男優の邪魔をせず、女性視聴者からも好感を持たれた。この3ドラマが日本の視聴者にも好感を持たれた理由は相手役のチェ・ジゥのどぎつくない雰囲気があったと私は思っている。
でもヨン様、ビョンホン、サンウの誰とも「いい仲」にはならず、恋のうわさは流すもののそのまま流れて去っていく例が多く、「結婚はないのかな」と思いましたが、よかった!
韓国では「結婚紹介業」が盛んで、芸能人は芸能人で紹介する業者がいるらしく、「知人の紹介」としているのはこうした業者にお世話になった場合の表現のよう。

新朝ドラ『半分、青い』
NHK名古屋の制作ですね。
ヒロインのお父さん役滝藤賢一さん、特徴は「顔が小さい」。あまり小さいと弱弱しく見えてしまいますが、背はそんなに小さい人じゃない。

月が美しい季節になりました

朧月夜との危険な恋(源氏物語花宴の巻)
寒い冬がようやくすぎ、暖かい日々が続くようになりました。
我が家もサンシュユレンギョウ水仙、ヒヤシンスと咲き始めました。
源氏が朧月夜との危険な恋に走るのもこの季節。
2月(如月)の二十日頃、新暦で言えばちょうど今頃、宮中で花の宴があった。殿上人は何か芸を披露しなければならない。こんな時いつも注目を集めるのは時の帝の第二皇子源氏である。源氏は舞を披露し、人々の賞賛を受ける。これに対抗心を燃やすのは例によって義兄の頭中将。こちらも見事。
夜も更けほろ酔いの源氏は宮中をさまよう。どこもピタリと戸が閉まる中、弘徽殿のあたりが開いている。源氏はすばやく細殿(ひさしの間と言って細長い控えの間)に入り込む。ここで源氏を憎む東宮の母弘徽殿女御の妹朧月夜と出会い結ばれるのです。源氏は左大臣の娘婿、これに対して朧月夜は政敵である右大臣の娘で近く東宮に輿入れすることになっている身。
これほど「危険な恋」はないのだが、危険であればあるほど燃えるのが恋。
二人は逢瀬を重ね、遂に右大臣側に露見。
これで源氏は明石に都落ちすることになってしまうことに。
源氏二十歳。藤壺宮への叶わぬ恋が自暴自棄に走らせた恋でした。
月の運行には詳しくありませんが、歌にも出てくるように「春の朧月夜」は美しいものです。

元大関バルト、ドラマに

弟の夫』元大関バルトがドラマに。
BSプレミアムで放映されたゲイを主題にしたドラマ。何と大相撲元大関バルトがゲイ役で出演。
タレント活動をしているのは知っていましたが役者として登場するとは・・・。
たどたとしいところが返ってよかった。
双子の弟がゲイ。弟をよく理解できない兄だったが、弟はカナダでパートナーに出会って結婚。しかし病気?で死んでしまう。
日本に行って兄に会ってほしいという願いを果たすためにやって来たマイクという名の夫。
兄と兄の小学生になる娘となじむマイク。
何というほどのドラマは起きないのだが、そこがまたよかった。
外国人力士が引退してドラマにまで出るようになった大相撲の世界ですが、春場所見ています。
モンゴル勢ではない外国人力士が活躍する春場所ですが、魁聖というブラジル出身力士が好調です。優勝は誰がつかむのか最後まで分かりそうもないところが今場所の興味深いところですね。
突っ張りの阿炎、見るたびになんという長い手と感心。もっとうまくなればこの力士の廻しに手のかかる相手はいなくなるんじゃと思えるほど。

義理の母との密通は母恋が背景に

父の妻との密通(紅葉賀の巻)
三寒四温の季節となりました。今日は当地は風が冷たいです。
久しぶりの「源氏」。
源氏物語」にはあらゆる恋愛のパターンが描かれますが、何といっても父桐壺帝の若い後妻、藤壺との密通は、宮廷暮らしの女房達の心を湧き立たせるストーリーだったでしょう。
現代の小説、ドラマにも時々登場する設定ですが、さすがに紫式部によるストーリー展開は不自然さがない。
まず源氏は幼くして母を亡くしたので母の愛を知らずそれだけに「母の愛」に飢えている。
大勢の側室の中でもとりわけ帝が愛した桐壺更衣。その忘れ形見である光源氏は父帝にとっても誰よりも愛おしくかつ不憫な存在。宮廷の中をどこでも連れ歩く。側室達の顔もまだ少年ということで見ている。
女房達のうわさでは亡き母によく似ているという藤壺
義理の母に惹かれる気持ちには複雑な恋愛感情が渦巻いて耐えがたいものがある。
遂に藤壺と結ばれた源氏。何回か逢瀬があったのでしょう。周囲の女房の手引きが無ければこの逢瀬は実現しません。源氏のファンでもある女房達は源氏の懇願を聞いてしまいます。
そしてついに皇子が生まれる。帝の子という可能性もあります。でも藤壺宮は源氏の子と確信します。DNA鑑定の無い時代にはこの手の物語が成立する。
生長するにつれて源氏に似て来る皇子。
でもそういう噂は物語でははしょられている。源氏は桐壺帝の子、藤壺は源氏の母によく似ている、生まれた皇子が母違いの兄源氏に似ていても不思議ではありません。
では父桐壺帝はどう思っていたのか、それは描かれませんが真実を知っていたかもしれませんが、また全く疑っていなかった可能性もある。何しろ生むのは女ですから、男は疑えばきりがない。
このような話は現実にあったのだと思います。
何しろ天皇になるのは一人。その他の皇子たちは地方に下る者もいたけれど、そうでなければ無為に人生を送る可能性の方が高い。乱れた男女関係に溺れる皇子が居ても不思議じゃない。

伝説のオリンピックになった平昌大会

平昌オリンピック終了
オリンピックが始まった日にこのブログを書いて終わったこの時点で更新ということになってしまいましたが、日本にとって「伝説のオリンピック」になりました。よかった!
一時「韓流ブーム」などありましたが、それを快く思わない人たちによる「ヘイトスピーチ」などあって韓流ファンの私は心痛めておりました。
しかし日本選手の大活躍によって、少なくとも平昌オリンピックを否定的に位置づけることはできないでしょう。
前半から中盤の沙羅ちゃん、羽生君、小平さんの活躍で十分感動をもらったのに、最後、パシュート、マススタートといったスピードスケート新種目でさらに盛り上がりました。
長野オリンピックの時、当時の長野県知事の吉村さんが「スピードスケートの長距離種目はリンクをただぐるぐるミズスマシみたいに回っているだけで、退屈だ」と発言してひんしゅくを買いましたが、素人の気持ちを正直に言ったものではありました。
今やオリンピックを左右するのはテレビ放映料をIOCに払っているスポンサーの意向です。
夜の試合開始や見て面白い新種目はそれで生まれたのだと思うけど、スケートはこれもいいかなとは思いました。
締めくくりは「カーリング女子」でした。カーリングって、ほぼ顔しか映らない。他の競技は終わってインタビューの時に初めて顔全体がわかるけど、カーリングと、特にフィギュアスケートは表情、スタイルが映る。
銅メダルの日本女子は可愛い選手ばっかりで、スキップと呼ばれるストーンを滑らせる選手はそのたびに大写しで、カーリングだけは運動能力以外の要素が必要かなと感じました。
外の風をもろに受ける競技の選手には運不運があって気の毒でしたが、「平昌オリンピック」よかった。